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学生オーケストラと現代音楽

合唱や吹奏楽では、レパートリーとして現代の作品、新作などを取り上げることは特殊なことではありません。演奏団体で作曲委嘱などを行うことも珍しくありません。
一方、学生オーケストラの演奏曲目に現代の作曲家のものがはいっていることは滅多にありません。
多くの演奏団体の演奏記録は、ほとんどが過去の大作曲家のごくひとにぎりの有名名曲だけで占められています。
もちろん、頻繁に演奏会を行うプロ演奏団体とは異なり、ときに半年、一年といった長い練習で一つの曲に取り組む学生オケ、アマチュアオケにとって、全力で取り組み、やればやるほど発見がある古典的傑作が、貴重な音楽生活をかける対象としてふさわしいことに異論はありません。
これが、せっかく演奏しても全然面白くない駄作だと貴重な時間の浪費になってしまい、演奏する歓びが得られなくなってしまいます。
「はずれ」を避けるため、またメンバーの「あの曲が演奏したい」という希望を実現するため、有名名曲中心のプログラム選択になることは、当然かもしれません。
また、演奏技術的に学生オーケストラが手がけることが出来ないような作品が多い実情もあるでしょう。

ただ、同時に、20代くらいで活躍している若い作曲家や作曲家を目指している若い学生の人達と、学生オケの皆さんとの接点がほとんどない現状、「現代音楽」が普段の学生オケ、アマチュアオケの演奏レパートリーと無関係な閉ざされた特殊な世界に閉じこもっていることは非常に残念に思います。
これだけ日本中に学生オーケストラがあり、ほとんどの主要大学にはオーケストラが活動し、また学生指揮者もたくさんいるほど豊かなクラシック音楽演奏の場があり、聴き応えのあるすばらしい演奏が学生によってもう何十年とおこなわれてきたのだから、学生の中から「作曲家になりたい」「古典に劣らない素晴らしい交響曲や管弦楽曲を僕も書いてみたい」という野心と夢をもった人が現われて、それを友人達が支持して音にして新しい自分達の音楽作品の初演を実現していくというような刺激的な場面に出会うことがあってもよいように思う。
指導者が作曲家で、その先生の作品を演奏曲目に入れているとか、あるいは周年事業か何かでどこかの偉い先生に記念新曲を委嘱して演奏したというような例はあるようですが、学生達自身が「演奏」と「作曲」の両方を自発的に作り上げたという場に滅多に出会うことがない。
もちろん、音楽大学のオケの場合は作曲科の学生の作品を演奏するとか、教授の作品を演奏するとかいったことは頻繁にあるのだけども、それ以外の学生オケから学生の自発的な動きとして、新しい音楽作品を世に送り出そうという動きに出会うことが滅多にない。
たまには実験的な企てを考えるような学生がいてもいいのではないか?学生オケの活動と新しい音楽が関わっていくことができる可能性がないのか問題提起を投げかけてみることは出来ないことだろうか?

私の知っている範囲だけでも、学生あるいは20歳代の若い作曲家で、たとえば、アマチュアでも演奏できるような吹奏楽や合唱曲を書き、それが学生、アマチュアの合唱団や吹奏楽部などで喜んで演奏されているような人達が何人もいます。
2002年10月のコンサートでもそうした若い作曲家も参加してもらっています。
演奏者が喜んで演奏していけるような曲を書いていきたいという若い人達が現われはじめていますし、こうした若い20代の作曲家とそれを取り上げた大学の合唱団のメンバーとの交流などもあります。しかし、吹奏楽や合唱では特別ではないこうしたことが、オーケストラに関してはほとんどないという状況があります。
私は、こうした若い作曲家達と、学生オケやアマチュアオケの接点があってもよいのではないかと思っているのです。演奏会の中に、たとえ5分くらいのアンコールピースだけでも良いから、同世代の作曲者と演奏者が一緒に音楽をつくっていくという機会をもってみようと試みるオケがあって欲しい。それと同時に、ほんの一部の専門家しか演奏できないような曲ではなくて、学生やアマチュアが、古典と並べて演奏できるような曲を書こうという作曲家がもっと出てくるべきだと思うのです。
若い作曲家達の作品発表の機会は乏しいのが実情です、彼等がプロのオーケストラの演奏曲目に乗るとかいったことは本当に狭き門です。演奏されるという経験を通じて作曲家も成長します。
たくさんの学生オーケストラ、アマチュアオーケストラがほんとうに素晴らしい演奏をしていて、私はそういった演奏会を聴きにいくことが大好きです。
だからこそ、その素晴らしい演奏の曲目のすみっこにでも、若い作曲家達の新曲を受け入れてもらえる余地がないのだろうかという呼びかけをしてみたいと思うのです。
もちろん、新曲をやるということ、新しい音楽を演奏するということには古典とは違った様々な難しさがあり、取り上げにくい原因がたくさんあることは否定できません。この点については技術的には演奏しやすく、演奏する喜びと手応えが感じられ、しかも新鮮な曲を書くということが、もっと作曲家が取り組むべき課題でしょう。

学生の演劇サークルや映画のサークルなら、台本、演出などを学生がつくって新作を発表するということは当たり前のことだし、軽音楽部でもオリジナル曲をつくって活動しているバンドはいくらでもある、オーケストラがそういうことをして悪い理由はない。
学生オケに、そんなことをやってみようという野心をもった学生が、たまには出現しても良いような気がするのだがどうなのだろうか?
オーケストラ曲の作曲は決して簡単ではなく、一般学生の中からそれに挑戦しようという野望をもった者がそれほどたくさん現われるものではないとはいえ、全国レベルで見れば学生くらいの年齢でかなり立派な曲を書く才能はいるところにはいるように思う。

有名な作曲家の駆けだしの若い頃の経歴を見ると、同世代の友人の演奏家などと組んでいろんな活動をやっている。同世代の演奏者と作曲家の協働があるのです。

そういったシチュエーションがあれば学生オケが喜んで演奏できるような作品を書いていこうという現代作曲家も、もっと現われてくるような気がする。
私は学生オケ、アマチュアオケを聴くのは大好きだ。
19歳のショスタコーヴィチみたいな才能が出現して、学生オケのみんなと組んで、演奏会曲目の乗っ取りをくわだてるなんて、わくわくするような事件がおこったら楽しいと思いませんか?。
ベートーヴェンやチャイコフスキーと並べて、学生が学生の作った交響曲を演奏するなんて想像したら楽しいじゃないですか?

2002年8月26日
近藤浩平

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