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ホルストの大規模合唱作品(合唱とオーケストラ)ガイド

2000年12月11日 作成:近藤浩平

タイトル(訳題) 原題 年代 出版社 参考CD 備考
エストメア王 
Op. 17 (H70)
King Estmere Op. 17 (H70) 1903 Novello Hilary Davan Wetton/Guildford Choral Society, The Philharmonia Orchestra
Hyperion CDA66784
An Old English Ballede for Chorus and Orchestraとの副題がついている。1765年に刊行され、19世紀には広く知られていた「古い英詩の遺産(Reliques of Ancient English Poetry)」(Boshop Percy)に収められている古いバラードによる作品。演奏時間26分の比較的大きな規模のもの。
ホルストがベルリンを訪問し、おそらくマックス・ブルッフに会った時期の作品。ブルッフやワーグナーの影響の感じられるロマン派的音楽で、19世紀に数多く作曲された合唱と管弦楽のための音楽を継承するスタイル。ブルッフのスコットランド風音楽を思わせる時代様式でイギリスの古いバラードの世界を描くにもかかわらず、執拗なリズムへの好み、特徴的な和声進行などにホルストの個性はすでに鮮明にあらわれている。
リッグ・ヴェーダからの合唱賛歌Op. 26
 第1部
 第2部
 第3部
 第4部
Choral Hymns from the Rig Veda Op. 26
1st Group (H97)
2nd Group (H98)
3rd Group (H99)
4th Group (Hloo)
1908‐1912 Stainer Sir David Willcocks/RPO,Royal College of Music Chamber Choir
Unicorn‐Kanchana DKP(CD)9046
ヒンズーのヴェーダ聖典をテキストとする作品。各部により編成が異なり、比較的演奏時間の短い賛歌の集合体となっている。神秘的ではあるが簡潔な書法。アルジェリアでの体験による影響と見られるオスティナートなどが現われるが、具体的な異国趣味的描写はなく、擬似東洋音階などによる演出もなく、ヒンズーの哲学の神秘のみを音楽化しようとした野心作。
ヴェーダ聖典の様々な神への賛歌が次々と歌われるこの作品に、ホルストの汎神論的世界観がうかがえる。
ホルストの作品に現われるヒンズーの神々には日本でも馴染みの神々も多い。
ブラフマン(Brahman)=梵天、インドラ(Indra)=帝釈天、ヴァルナ(Varuna)=水天、アグニ(Agni)=火天。
京都国立博物館のサイトで、水天像火天像を見てみよう。帝釈天なら柴又をはじめ各地で出会うだろう。
雲の使者
Op. 30 (HI I I)
The Cloud Messenger
Op. 30 (H111)
1910‐1912 Stainer Richad Hickox/LSO ,London Symphony Chorus
CHANDOS CHAN8901
インドの詩人カリダサ(Kalidasa)の詩に作曲された合唱とオーケストラのための大作。ヒマラヤを越え、チベットの聖なる山、カイラス(Kailasa)へ至る雲を歌う壮大な作品。1913年の初演は不評で、作曲者自身も娘のイモージュンもこの作品を評価せず、1990年のヒコックス盤まで録音されることもなかったというが、作品自体は「惑星」以前の初期のホルストの代表作とも言える傑作。シマノフスキかフローラン・シュミット、ルーセルを思わせるオリエンタリズムが濃い。
ヘクバの嘆き
Op. 31 No. 1
Hecuba's Lament Op. 3 1 No.1 (H115) 1911 Stainer
ギリシャ悲劇による作品。
ディオニソス賛歌
Op. 31 No. 2
Hymn to Dionysus Op. 31 No. 2 (H116) 1913 Stainer Sir David Willcocks/RPO,Royal College of Music Chamber Choir
Unicorn‐Kanchana DKP(CD)9046
ユーリピデス“Bacchae”による作品。
「惑星」作曲直前の時期の作品。女声合唱とオーケストラ。「金星」と「海王星」を思わせる女声合唱とオーケストラの漂うような導入に続き、決然としていながら透明な音色をもった喚起の声があがり、東洋趣味的なバッカナールの踊りに到達する。オーケストレーションには、「惑星」に使われることになるアイデアが数多く見出される。
ホルストの他の作品に比べ、感覚的できらびやかな装飾的オーケストレーションをもっているが、ヴォーン=ウィリアムスがパリに学んで受けたラヴェルの影響が間接的に及んだ可能性を、I..Holstは示唆している。
2つの詩編
1.詩編86
2.詩編148
Two Psalms strings and organ or brass (H117)
1 Psalm 86
2 Psalm 148
1912 Stainer Hilary Davan Wetton/The Holst Singers, The Holst Orchestra
Hyperion CDA66329
J.S.バッハのコラールにも匹敵する厳粛な美しさと宗教的力強さと信仰の悲しみをもった、詩編86番。簡潔で研ぎ澄まされた書法と音響空間の広がりはホルストだけが到達できた世界。バスの進行には、バッハ、パーセル、バード、メンデルゾーン等の合唱音楽を数多く演奏してきた合唱指揮者としての深い理解と、「ロ短調ミサ」経験の余韻がうかがわれる。ペダル音の上で歌われるチャントにはじまりバロック、ルネサンス以前の宗教音楽の書法を内包し、時代様式を横断する音楽がこのような簡潔な短い作品に凝縮されているのは驚異だ。
後半、弦の急速なスケールで、新しい神秘に領域に入る箇所は、ホルストの他の神秘主義的作品と共通する構成。
一方、詩編148は、おだやかな包容力をもつもので、優しさをきわめたアレルヤに全ての会衆が抱かれる。
2人の老兵への哀歌 A Dirge for Two Veterans
(H121)
1914 Faber Richad Hickox/City of London Symfonia, The Joyful Company of Singers,
CHANDOS CHAN9437
ホイットマンの「草の葉(Leaves of Grass)」の「Drum‐Taps」に作曲された男声合唱と金管と打楽器のための作品。
第1次世界大戦がはじまった年、1914年の1月に作曲されている。ホルストの作品にしばしば登場する「悲しい行進(Sad Procession)」が前面に、生々しい標題性をもってあらわれる。ホルストの作品の中でも稀な凄惨で荒涼とした響きの戦争の行進の暗示があり、戦争の世紀であった20世紀にショスタコーヴィチ等が数多く書く事になる「戦争の行進のリズム」の音楽の先駆的作品。1914年にはじまった第1次大戦は多数の歩兵が犠牲となる国民総力戦として、それまでの支配者間の戦争とは変質した
イエス賛歌
Op. 37
The Hymn of Jesus Op. 37
(H140)
1917 Stainer Richad Hickox/LSO ,London Symphony Chorus
CHANDOS CHAN8901
グノーシス派の影響が濃いとされる聖書外典「ヨハネ伝」をギリシャ語からホルスト自身が翻訳し作曲。単旋聖歌に基づくPreludeと、神秘主義とダンスが結びつくThe Hymnからなる。
合唱とセミ・コーラスとオーケストラにより「アーメン」が中空に浮かぶ2重合唱など神秘的空間性と、神秘主義的ダンスに、ホルストの神秘主義が鮮明。
神と聖霊とイエスと光と使徒たちとの神秘的ダンス。受動態と能動態が一致し“I am Mind of All”の眩いフレーズに焦点が結ばれる頂点は、ホルスト全作品の中でも最も神秘的クライマックス。
詳細な分析については論文を参照。
死への頌歌
Op. 38
Ode to Death Op. 38 (H144) 1919 Stainer Richad Hickox/City of London Symfonia, The Joyful Company of Singers,
CHANDOS CHAN9437
第1次大戦後の1922年に初演された作品。テクストとなったホイットマンの「草の葉」からの「前庭で最後にライラックの花が咲いた時」(When lilacs last in the dooryard bloom'd)は、後にヒンデミットが第2次大戦終結後の1946年、第2次大戦の犠牲者を追悼する「前庭で最後にライラックの花が咲いた時ー愛する人々へのレクイエム」のテクストと同じ物。
ハープの和音による静かな時の刻み、フェルマータにより時間が宙に浮かんで停止するような合唱、人智の及ばない死の歩みを象徴するようなオスティナートが、達観した死生観の平安に導く。
ヒンデミットのように20世紀の不条理な死への慟哭と抵抗を直接歌うことなく、あえて「自然な死」への宗教的・神秘的賛歌に徹したこのような音楽を第1次大戦下に作曲したホルストの意図を考えてみたい。
テ・デウム Short Festival Te Deum (H145) 1919 Stainer Sir.Charles Groves/LPO ,London Symphony Chorus
EMI CDC7 49784 2
Morley Colledeの為に書かれた作品。アマチュアによる演奏を前提としているこのような作品でも、ホルストに音楽的クオリティと大胆さへの妥協はない。
猛烈にエネルギッシュなリズムをもったオーケストラと、高揚する推進力をもった力強い合唱により、祭典的な場を作り出すこのテ・デウムは、国教会の伝統的宗教合唱曲の道徳的な真面目さを越えている。
第1合唱交響曲
Op. 41
First Chorar Symphony Op. 41 (H155) 1923‐1924 Novello Hilary Davan Wetton/RPO,Guildford Choral Society
Soprano:Lynne Dawson
Hyperion CDA66660
「ギリシャの壷によせて」"Ode on a Grecian Urn"を中心に置いてキーツの詩を自由に組み合わせたテキストに作曲されたソプラノ独唱、合唱とオーケストラのための演奏時間50分におよぶ大作。伝統的な意味での交響曲ではない合唱交響曲としてブリスの「朝の英雄たち」(1930)、ブリテンの「春の交響曲」(1949)に先行する問題作。
 漂うようなsenza misuraの歌、朗誦、静かに空間を広げるペダル音、ゆるやかに陰影を変化するオスティナート、非常に急速に滑るように合唱が歌う圧倒的なスケルツォなど独創的な美をもった箇所が無数にあるが、あまりに伝統的音楽形式感と因襲的クライマックスのつくり方から離れた、極めて瞑想的な独自の世界のため、広い人気と評価は得ていない。
タイトルは第1とされているが、結局、第2合唱交響曲は作曲されなかった。
合唱幻想曲
Op. 51
A Choral Fantasia Op. 51 with solo s, organ, strings,
brass and percussion (H177)
1930 Faber Richad Hickox/City of London Symfonia, The Joyful Company of Singers,
Soprano: Patricia Rozario
CHANDOS CHAN9437

Hilary Davan Wetton/RPO,Guildford Choral Society
Soprano:Lynne Dawson
Hyperion CDA66660
テキストは1895年のヘンリー・パーセル没後200年記念に書かれたロバート・ブリッジ(Robert Bridges)の詩、「音楽へのオード(Ode to Music)」。
ソプラノ独唱と、オルガン独奏、弦楽、金管と打楽器のための作品。オルガンの衝撃的な和音進行、低音のポリフォニー。ペダル音による漆黒の宇宙的静寂に放たれるソプラノ独唱の喚起。金管と打楽器のオスティナートにワーグナー影響下の後期ロマン派の重々しい響きを感じさせるのが後期の作品としては珍しい。

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