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「ホルスト(Gustav Holst)における脱西欧近代」(論文)

近藤浩平

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第4章 『エグドン・ヒース』の分析

第1節 2つの対立要素

 ハーディ『帰郷』におけるエグドンの荒野と人間という二大要素に相当する2つの対立要素が『エグドン・ヒース』にも認められる。これは具体的には、第1主題及びそこから発展した部分と、第2主題及びそこから発展した部分である

第2節 第1主題 エグドン・ヒース

 第1主題(譜例2)はa,b.cの3つの部分から成る。a,bは、譜例3に示す6音から成り立つ音階に基づき。フルートの4度平行とバスーンの3度平行によるcの部分が続く。拍節感、調性感を明確に持たず、しかも構造は明確であり、ポルタメントなしの指示が付されて、感情表現が無い。イモージュン・ホルストはこれを第2主題と対比して「時間と空間のはるかなへだたり」(注41)としてとらえ、この主題がE♭のペダル音をともなって現われる部分については、「一方、弱音器をつけない弦はE♭のペダル音を保持し、孤独なさまよい(solitary wandering)として始まったこの旋律の圧倒的な空間の感覚を与える。」(注42)と述べている。第1主題は、後に説明するような分割、累積によって一定の性質を保ちつつ発展しエグドン・ヒースの広大さと静寂を示す音響を形成する。
 第2主題に対し音階・リズム・音色などあらゆる点で異質であり一切のロマン派音楽的な個人的感情表現を避けたシステマチックな発展を聴かせる第1主題は、作曲年代以前の音楽には稀な性質の主題である。全音階的で歌謡的性格の第2主題と対比された時、これがエグドン・ヒースというとらえ難い非人格的自然を示す音響として意図されていると、ほぼ断言できる。
 なお、cの部分についてはイモージュン・ホルスト『惑星』の中の『金星』冒頭との類似を指摘している。(注43)

第3節 第2主題 人間

 第2主題(譜例4)はエグドン・ヒースを示す第1主題及びそれから発展した部分とは極めて対照的である。自然短音階から2度音と6度音を除いた5音音階に基づき、5拍子(3+2)の明解な拍節感をもつ全音階的で歌謡的な旋律であり、バスの4分音符による音階進行を伴っている。イモージュン・ホルストは第1主題呈示部に続いて第2主題の断片があらわれる所について以下のように述べている。
「練習番号2で避けることのできない(inevitable)悲しい行進(sad procession)の最初の数音が聴かれる。音楽は時間と空間のはるかな隔たり(the remote distance of time and space)を離れ、軽んじられ耐え忍ぶ人間(man, slighted and enduring)について考えている。(has turned to consider man)」(注44)この主題がエグドン・ヒースに対する人間を示すものであるということは、旋律そのものの性格からも明らかである。第2主題がイギリス民謡と何らかの関わりがあるのかどうかという点については、今回明らかにすることが出来なかったが、5音音階であること、金管で奏されること、リズムの単純さから個人的感情表現は感じさせない。
 このタイプの旋律は『惑星』中の『土星』等、他の作品にも見られ、イモージュン・ホルストはこれらを"sad procession"(悲しい行進)と呼んでメンデルスゾーン第4交響曲第2楽章主旋律(譜例5)との関係を示唆している。(注45)
 均等な音価の音符の連続によるバスの音階進行(注46)はホルストの多くの作品にあらわれるものであり、これについてイモージュン・ホルストヨハン・センバスチャン・バッハ『ロ短調ミサ』中の『クレド』におけるバスの下行する4分音符を伴った聖歌(plainsong)との関係をほのめかしている。(注47)
 この「人間」を示す要素として現われる全音階的旋律が伴うバスの音階進行、とくに『土星』『イエス賛歌(The Hymn of Jesus)』における下行する音階進行はホルストが編曲した賛美歌第2編214番と126番にもあらわれる。「人間とくにその歌うHymnとの密接なつながりがホルストの意識にあったに違いない。

第4節 全体の構成
  
  全体の構成は表2のようになっている。全体は以下にあげる要素からなっている。

A. 第1主題及びその発展部分
B. 第2主題及びその発展部分
C. 第2主題に付随し、第1主題及び後出のEの部分の性質を含む経過部
D. 第1、第2主題両方の性質を兼ね備えた第3主題群
E. 後半部、練習番号8からの4度平行で奏される旋律

音楽はこれらの要素の対立的呈示から融合へ進み、その過程では4度という音程が重要な役割を果たす。各要素の意味から考えられる'A place'と'Man's nature'の一致への過程である。

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