雪に懲りた私たちは南紀へ向かうことにした。
百間渓谷は、夏にはメジャ−な観光地らしく、入口にあるキャンプ場も予約でいっぱいになるそうだ。昭和30年頃作られたような歩道は苔むして、自然に溶け込み、活かされて、過不足にならない整備のされ方が良い。豪雪で道が崩れるような事なんてないのだろう。
木の生えた礫混じりの巨岩、奇岩が所々に転がり、その上を歩いたり潜ったりしながら、美しく清洌な滝や深碧の淵と変化に富んだ光景が続く。森は、椿の花咲く常緑照葉木や大トチノキ、カエデ等の落葉木の中、杉の植林があり、下生えがもしゃもしゃしている所が南国らしい。礫岩の森は、庚申山(足尾)と似ているが、後者は下が笹で覆われもっと爽やかさがある。が、静寂な中の明るさと音の響きが良い点は同じだ。夏だったらこの美しい沢に入って遊んでみたい。渓谷の上流は時々伏流になり滑床が続く。
百間山登山口に荷物を置き、軽荷で法師山に向かう。いったん林道に出てしばらく先、脇の細い道を急登する。夏には決してお勧めできない道だ。藪深くなりそうだ。
法師山は、なだらかな二等辺三角形で、山頂に大きな反射板がありよく目立つ。植林を抜けると、ブナ、ミズナラ、ヒメシャラ等に照葉樹の交じった、気持ちの良い明るい森が戻ってくる。頂上の眺めは、ぐるりと紀伊半島を囲む太平洋を180度望み、潮の岬が突き出して見える。裏に返れば、右に昨年登った熊野の主峰大塔山、正面に名高き果無山脈、左に明日縦走する半作嶺への尾根、奥には真白い雪を冠った大峰山脈、奥高野の山々が、山の向こうに続いている。眺望絶佳とはこの事か。
百間山へは樹林の中、道標はあるが、右側が切れ落ち、岩場あり、不明瞭な道も幾つかあって注意が必要だ。木々の間から覗く広々とした山波は、さすが「木の国」和歌山と思わずにいられない。太陽と競争しながらたどり着いた百間山からは夕陽にきらめく海も望まれる。
ここを真っ直ぐ下れば、荷物のデポ地点となり、野営する。杉の枯れ葉を敷き詰めた寝床は柔らかく暖かく心地よい。