播州の名山、七種山
アルピニズム発祥の六甲を持つ兵庫県は、植村直巳初め日本山岳界に著名な人材を送り出してきた。おそらくその一人とも言える多田繁次氏の著書「兵庫の山やま」は、夫の少年時代の愛読書でもあった。あちこち変わり果てた今時、何のガイド役にも立たない本であるが、先月の京都北山の金久氏にも通づる(それほど仰々しくはないが)郷土愛に満ちた一冊である。
あの「孤高の人」で有名な加藤文太郎氏を「君」付けし、彼らが郷土の山を槍ガ岳や立山や梓川に見立ててどんな思いで呼んだか知らずして、よく○○アルプスなどと名乗るのを片腹痛く思っていた私である。それこそ小賢しい思いであった。
簡単に日本百名山やお気軽にヒマラヤに行ってしまえる私や、この時代には何処かしら欠けたものがある。
(でもイランの山に登った時、日本山岳史にも名を連ねる人とご一緒して、こんな小娘が来るのをご覧になって「日本も変わった」と言わしめた事が、密かな自慢なのであるが)
七種(なぐさ)山瑰は、「まったく無名の低山の集合である。そのくせ誰でもが簡単に登れる山ではない。乱立する尖峯群、尖峯をつなぐ山稜は鎌尾根の急峻。スカイラインなどはつけようもない。従って大手観光、宅造業者に狙われる心配もなく、姫路、神戸からの至近距離にありながら、その自然は安泰の時を刻み続けているのである。」と他絶賛。
確かに岩場や温泉で有名な雪彦山やリゾ−ト地の峰山高原等(それらは道路で繋がれている)より福崎の近くにあり、兵庫百選の景色に入っていながら、静かなたたずまいを残すよき所だ。
七種滝から七種山へ
金剛城寺の山門を抜けると、放置され荒れているが、杉木立の参道をしばらく行く。落差70mの七種滝は、ちょっと変わった風貌だ。滝を構成する岩壁が垂直の断面でなく、傾斜する岩面に三段の窪みを作り、少ない水量で簾を懸けたように砕け落ち、それぞれ不規則な速さの流れで奏でる音と、落ちた水を集める沢の音と、全体の響きが岩盤に静かにこだまして作るハ−モニ−が心地よい。滝上に七種神社があり展望台になっている。
そこから先が息あえぐ急登だ。山頂の手前で、木立の中から切れ落ちた岩盤の上に丁度よい休憩場があって、南側の展望が開ける。山腹の笑う新緑が、明るい春曇りの光りに包まれて、柔らかく目に染む。木の種類が豊富なこと、その多くの色彩が語っている。鳥の声も多種多様聴こえる。
眼前の七種薬師は光が当たり、一つ一つの木の形がモコモコと立体的に浮き、険しい幾つもの山筋を和らげつつも立派に迫ってくる。直下に、新緑映す深緑の神秘的な七種池、そして播州平野が東西の丘陵に挟まれて播磨灘に続く。
その様は、昔多くの恐竜達が首を垂れ寝そべったまま、時を経て山に変わっていった錯覚を思い起こす。その錯覚は小山に囲まれた少ない平地を田畑に耕作し続けた各地の日本の里山風景ともいえ、近くは丹波や滋賀の里山に登り見下ろせば感じるものである。
海の向こうには淡路島も見える。あまりにのどかな春の一場面、私手製のピンク色のおこわに吉野の桜の花を散らしたお握りを食べることにした。なんと相応しく美味なることかな。
つなぎ岩、七種槍
山頂に展望はないが、少し下ると、10-20m深く分断された「つなぎ岩」と呼ばれる、断崖絶壁に立つ大岩がある。その割れ目を跨ぐと北に絶景!鋭い岩峰目立つ憧れの雪彦山群、峰山高原、広い段ガ峰、播州富士の笠形山と、この七種山瑰を取り巻いている。広大な懐かしい六甲山瑰も霞んでみえる。問題は縦走する七種槍への道だ。槍ガ岳への憧れ込めて呼ばれた通り、尖る山頂へは、岩場でないが新緑の雑木林の中急坂下り続ける。
ざっと数十種類もの樹々があるのだが、確信を持ってその名を言えるのは杉だけで、花が無ければ椿でさえ、足元と共に危なげで情けない。が、色々観察して発見を得るのは楽しい。本当に新緑の森は清々しく気持ち良い。学校の授業も野外に出て、本物と触れあう喜びを知ればもっと好きになれるのに。生物に優しい気持ちになれるのに。
道が上りになる頃、黄色いツツジ!が落ちているので見上げると、新緑に同化した黄色の花が沢山ひっそりと咲いている。これがヒカゲノツツジか。可憐な風情で森に一層清浄な空気を醸し出す。
狭い山頂でお昼をとっていると、団体さんがやって来て、追い出されるように南へ下る。またそここそが、眺めの広がる鎌尾根で岩と松と花咲くミツバツツジ、新緑の七種薬師と七種山と七種槍と、それらの間から覗く秀麗な容姿の明神山、他周辺、瀬戸内の島々、小豆島等々展望いつまでも続き、何もかも好ましく慕わしい。本当に素晴らしい縦走だった。
心うきうき春の山、光と芳香に溢れいて、すべてを優しく包み込む。ああ時の移りの惜しくも美しきことかな。
<行程>宝塚=高速バス→福崎IC=タクシ−→山門(8:40)…歩→七種滝…七種山…七種槍…(1540)青少年野外活動センタ−(七種池)=タクシ−→福崎IC=高速バス→宝塚