レーガーのピアノデュオ作品、「オルガンの為の序奏とパッサカリア ニ短調 作曲者自身による連弾編曲」と、「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」の中井恒仁&武田美和子夫妻による素晴らしい実演に接する機会があったのをきっかけに、少し彼の音楽をめぐって考えてみたことを簡単にまとめてみた。
新製品開発や新規企画のための効率的ブレインストーミングの手法としてマーケティングやクリエイティブの現場でよく使われるものに「マトリックス法」というものがある。短時間にいかに多くのアイデアを出し、検討を加えるかという課題に対し非常に効率的な西洋的方法である。
「マトリックス法」は、およそ思いつく限りのアイデアの要素、可能性の要素を、縦軸、横軸からなるマトリックスに埋めていき、あらゆる組み合わせの可能性を、視覚的に整理し、検討しようという手法である。
文章で書くと難しそうになってしまうので、実例をつくってみよう。
あなたが、麺類の店を経営しており、限られた材料をもとに、出きるだけたくさんのメニューを揃え、目新しいメニューを発見しようとしているとすると、店員諸君との企画会議での第1のマトリックスは以下のようなものになるだろう。
あ げ |
卵 | わ か め |
コ ー ン |
バ タ ー |
肉 | に し ん |
て ん ぷ ら |
て ん か す |
う に |
い く ら |
チ ャ ー シ ュ ー |
カ レ ー |
キ ム チ |
|
そば | ○ | ○ | ・ | ・ | ・ | ・ | ○ | ○ | ・ | ・ | ・ | ・ | ○ | ・ |
うどん | ○ | ○ | ○ | ・ | ・ | ○ | ・ | ○ | ○ | ・ | ・ | ・ | ○ | ・ |
にゅうめん | ・ | ・ | ○ | ・ | ・ | ○ | ・ | ○ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
きしめん | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
ラーメン | ・ | ・ | ○ | ○ | ○ | ・ | ・ | ・ | ・ | ○ | ・ | ○ | ○ | ○ |
ソーメン | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
ビーフン | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ○ |
パスタ | ・ | ○ | ・ | ・ | ・ | ○ | ・ | ・ | ・ | ○ | ・ | ・ | ○ | ・ |
可能な麺の選択肢と、可能な具の選択肢をマトリックス化したものである。
ピザの生地とトッピングでも似たような表が作られるだろう。
スタンダードなものもあり、だれも試みていない組み合わせもある。
この中から可能性のある組合わせを取りだし、それぞれについてさらに異なった地平の可能性との組み合わせでマトリックスを作成する。
例えば、うに+うどん の組み合わせに対しあらたな次元のマトリックスを重ねる
だし1 | だし2 | 煮込み | 釜揚げ | 焼き | ざる | |
単品 | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
セット (漬物) |
・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
定食 (ごはん) |
・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
大盛り | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
こうしたプロセスを何重にも繰り返し、無数の差異化をつくりだす。
「変奏」という技法は、職人としての音楽家がいかに効率的に大量の楽曲を生産し、材料を節約しつついかに飽きさせない変化を生み出そうとするかという課題への「マトリックス法」的作曲法である。
原型 | 伴奏形の 変化 |
リズムの 変化 |
装飾 | 分散和音化 | 速度の 変化 |
和音配置 の変化 |
和声進行の 変化 |
内声に もぐらせる |
反行や 逆行 |
楽器をかえる (音色変化) |
|
原型 | - | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
伴奏形の変化 | ・ | ー | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
リズムの変化 | ・ | ・ | ー | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
装飾 | ・ | ・ | ・ | ー | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
分散和音化 | ・ | ・ | ・ | ・ | ー | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
速度の変化 | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ー | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ |
和音配置の変化 | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ー | ・ | ・ | ・ | ・ |
和声進行の変化 | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ー | ・ | ・ | ・ |
内声にもぐらせる | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ー | ・ | ・ |
反行や逆行 | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ー | ・ |
楽器をかえる (音色変化) |
・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ・ | ー |
一般に熟練し知識の多い音楽家ほど、縦軸・横軸の選択肢の数が増大し、長大な変奏を展開する能力をもっている。
とくに西洋音楽においては、作曲家の能力誇示の競争の場として「変奏曲」は長大なものとなった。
(バッハの「ゴルドベルク変奏曲」は第30変奏まで、ベートーヴェンの「ディアペリ変奏曲」は33の変奏がある。)
しかも、この形式の利点は、一旦、様々な変奏を可能にする大きなマトリックスを手中にすれば、様々な素材をもちいて速やかに膨大な音楽を効率的に生産できる点だ。バッハ、ベートーヴェン、モーツアルト、フンメル等は与えられた主題をたちどころに変奏してみせる即興演奏の名手であった。
レーガーもまた、自身のもつ変奏技術の豊かさ=マトリックスの縦軸・横軸の大きさを存分に開陳しようとするタイプの作曲家であった。
西洋料理の店のメニューを思い出してみよう。材料は牛肉、羊肉、魚もいろいろ見せてくれる・・・。それぞれ、香草焼き、ムニエル、フライ・・・。材料と調理法の順列組み合わせで多数のメニューができあがる。
巨大な変奏プランのマトリックスの、全ての枠を貪欲に埋めようとするレーガー。
レストランのメニューを全部一通り平らげたという大食漢作曲家にふさわしい作曲技法である。
フーガという形式は、音楽的飽和状態へ進行する形式であるように思われる。
一つの声部にテーマが登場し、各声部が同じテーマで順次加わっていく、一旦、入った声部は、テーマほどの特徴を主張しない対旋律を紡いでいく。声部の数が順次加わっていくにつれ、音楽的空間が順次拡大していく。
多数の声部が全て出揃ったまま進めば、各声部のテーマと対旋律が交替しつづけるような一種の定常状態になってしまう。たとえば10声部とかいった声部の多声的な層ができると、もはや音楽全体が上昇したり下降したりする感覚がなくなって、全ての要素は活発に動いているが全体としては停止しているような、ブラウン運動を見ているような飽和状態になる。ショスタコーヴィチが交響曲第2番で、この効果のパロディを行っているし、リゲティのミクロポリフォニーもこのような効果をもっている。
各声部のメロディの動きや、和音の進行・解決、明確な終止間や区分の感覚(たとえば舞曲リズムや規則的な楽節構造は、音楽が周期的に進行する方向感を与える)といったものは、音楽の各部分に様々な方向への運動感覚(ベクトル)をもたらす。モーツアルトやプロコフィエフの運動感溢れる音階進行や旋律、次の和声進行を予想させる明確な古典和声の解決など思い起こされる。
非常に多声的に錯綜とした音楽の場合、同時に上行する声部、下行する声部、解決する進行と、不協和へ進む進行など様々な方向への音楽的ベクトルが同時に存在するため。ベクトルどうしが相殺して、全てが動いているが全体としては停止しているような定常状態になってくる。あるいは、多声的でなくとも極度に紆余曲折する複雑な構成による長大な作品の場合、音楽の起承転結の把握が困難になり、終結に向う時間的方向性=ベクトルが希薄になる。
レーガーの音楽においては、非常に様々なベクトルが引っ張り合って、和声的な緊張状態にありながらベクトルを失った不思議な飽和感覚をもたらす場面がしばしばある。また、シンプルな原型と各部分が、様々な対旋律や樂句の挿入に包囲され、同時または短時間につめこまれた多くの変化が、聴く人に記憶しきれないという情報量の飽和を引き起こす場面もあり、長大な作品では、複雑に変化させられたフレーズ構造もあいまって、しばしば、楽曲の終結への見通し=時間的ベクトルを聴く人に喪失させる。
魅力的な膨大な細部、音楽的可能性を、網羅的に組み尽くし、マトリックスを埋め尽くそうとする貪欲さと、そのつめこみの結果もたらされる不思議な運動の定常状態=音楽的に充溢した静止状態。
音楽的飽和・定常状態の快い満腹感はレーガーの音楽のクライマックスであり魅力である。
レーガーの音楽は、清澄でコラール的で素朴ともいえるシンプルな素材に基づいていることが多い。レーガーの変奏曲のヒラー、モーツアルト、ベートーヴェン、テレマンの主題もそうであるし、ピアノ協奏曲の第2楽章の清澄なピアノソロにも見られるように、レーガーの音楽性の本質的な要素は、シンプルで清澄なコラール的ともいえるテーマと、伝統的ドイツ風の素朴で民衆的なリズムから出発する。
ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」と、レーガーの多くの変奏曲は、そう遠い世界ではない。レーガーの好む清澄で深い響きの和音は、リストのあおるような不気味な予感と切迫感と孤高感の響きとも異なり、若いブラームスの情熱的な熱い力動的な音でもなく、むしろブラームスの「ピアノ協奏曲第2番」の和音の透明な響きにむしろ近い。
ただ、レーガーは音楽素材のもつ変奏の可能性を抑制することなくマトリックスを埋めるように楽曲につめこみ、楽節構造に常に変化を与える欲求のために、音楽の情報量が大多数の聴衆の耳にとって過大になる傾向が強いのだ。全ての変奏メニューをひととおり注文してしまう音楽的大食漢なのだ。
ダンディで抑制の効いたモーリス・ラヴェルであれば、マトリックスの縦軸をオーケストレーションの変化だけに絞って開陳して、限定された条件下でのパレットの豊富さで、聴衆に作曲家の手腕をより効果的に印象づけるといった洒落たことをするのだろうが、レーガーはそのような洒落た抑制の計算ができる作曲家ではない。
繰り返しレーガーの音楽に接し、つめこまれた音楽的要素が整理されて記憶に残るようになってしまえば、彼の音楽が非常に伝統的な技術の集積と、ブラームスやラインベルガーに近い人間的感情表現と秩序観、勤勉な宗教感情から出来ていて、誠実で清澄な常識的な音楽表現をもっていることがわかってくる。
明確な部分に分けられない長大な形式の作品の場合、レーガーの作品は様々な要素が錯綜としすぎて形式が明快さを失う場合がしばしばあるが、各変奏間に明確な区分と性格づけが並列的に保たれる変奏曲形式の場合、レーガーのマトリックスは整理され過剰なつめこみが抑制される。レーガーの作品の中で「変奏曲」が比較的広く受け入れられているのはこのためではないだろうか。
レーガーは1916年に没したドイツの作曲家である。彼は、音楽素材の変奏と発展の可能性を、勤勉に書きつくそうとしたが、彼のマトリックスの縦軸・横軸は、ドイツ・オーストリアの音楽素材と、1916年時点までにドイツの作曲家が国内で得る事のできた選択肢に限られている。
後のブラッヒャ―やヒンデミットなどの世代の変奏曲のように、ジャズやヨーロッパ以外の音楽の要素を用いた変奏があったり、伝統的な調性や拍節を逸脱するような変奏(たとえば多調で重ねたり)がないのは当然である。
レーガーの入った料理店には、ドイツの食材と、伝統的ドイツの調理法しかなく(稀にフランス風のものがあるときもあったようだが)、彼はその範囲で、全てのメニューを注文し食べ尽くそうとしたのだ。
しかし、生涯どの作品でも彼の食欲が過剰であったわけではない。意外なほど簡潔で見通しのよい親しみやすい作品が実際には数多い。
レーガーの主要作品:
「ヒラーの主題による変奏曲とフーガ」「モーツアルトの主題による変奏曲とフーガ」「ベートーヴェンの主題による変奏曲とフーガ」「バッハの主題による変奏曲とフーガ」「テレマンの主題による変奏曲とフーガ」「ベックリンによる4つの音詩」「ある悲劇のための交響的プロローグ」「舞踊組曲」「古風な様式による協奏曲」「ロマンティック組曲」「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「セレナード」「クラリネット5重奏曲」室内楽、オルガン曲多数。、
2001年6月24日
近藤浩平 記