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エドムンド・ラッブラ
Edmund Rubbra 
(1901−1986イギリス)

ホルストとシリル・スコットの継承者
 ホルストとシリル・スコットに学んだ作曲家であるラッブラは、この2人の作曲家の神秘主義や東洋思想への関心を引き継いでいる。
ホルストがヒンズー思想や、グノーシス、ビザンチン、ギリシャ神話、イスラム圏の音楽、さらに英国の民俗的なものの中の神秘など幅広い宗教・哲学を共存させ包含した独特の「日常的神秘主義」を作り上げた態度を継承したのか、ラッブラもヒンズー思想、さらに仏教などへの関心を保ちつつ、キリスト教からも離れることはなく、キリスト教、カソリックの題材による作品と、仏教等の題材による作品が生涯にわたり混在している。しかしキリスト教(カソリック)関係の音楽作品が多いので、宗教的にはラッブラは伝統的キリスト教徒であったのだろうか。

たゆたうポリフォニーの穏やかな神秘
 ラッブラは、ホルストやシリル・スコットとは対照的に、交響曲を11曲書き、これらが代表作として聴かれる機会が多い。
ラッブラの交響曲のうち、私は今までで聴く機会があったのは5番、6番、8番だが、これらの交響曲では、ラッブラは、例えばホルストのように音楽によって世界観を具体的に提示するような標題性を示してはいない。
ホルストの音楽では、音楽は世界観を具象するかのように、各部分は世界の中で具体的な役割と意味を担っている。これらは鮮明な性格を与えられ、強烈なコントラストを持ち、衝突し、踊り、融和し、世界・宇宙のドラマの縮図のように音楽は進行する。
 しかし、ラッブラの交響曲では、このような具体的な神秘のプロセスが表にでることはないようだ。
ラッブラの交響曲では、ホルストにおけるような異質な音響グループの衝突と遭遇という緊張関係がない。ホルストは各部分に具体的な音色の特徴を与え、鮮明に役割を区別するが、ラッブラにおいては調和をもって進行するポリフォニーがたゆたい、おだやかな神秘的な時間の停止がゆるやかに作り出される。
 このような神秘的な時間の停止・漂泊。各声部が生き生きと動いているのに音楽的時間の進行が止まる箇所は、ホルストの作品では例えば、「惑星」の「土星」や「海王星」においても見出される。ホルストの場合、各声部の厳格なパターンのかなり急速なリピートにより、より緊張と非生物的なエネルギーをもった空間が作り出され、一種の畏怖を感じさせるような非人格的な力をもった茫漠とした宇宙が現われるのだが、ラッブラの場合は、各声部のリピートの厳格さは緩和され、ゆるやかに変化しながら歌われる各声部が、それぞれ伝統的音色でオーケストレーションされ、おだやかに歌い交わすようなポリフォニーにより、たゆたうような穏やかな神秘的歓びの場を作り出す。

ゆるやかな同質性
 ラッブラのポリフォニーの各声部は、ホルストにおける各声部のようなリズムと音色と構造の強烈なコントラストを持ってはおらず、ゆるやかな同質性をもっており、より因襲的伝統的な音色でオーケストレーションされ、各楽器群がそれぞれの声部に使われて、全体として常にブレンドされた状態にある。一方、ホルストなら金管楽器による部分、同種楽器のみによるブロック的な和音など、鮮明な音色が混ざり合わされることなく全面に出てくる。この違いはベルリオーズとシューマンのオーケストレーションの違いにも例えられるだろうか。
 ラッブラの旋律・和声そのものも、、全音階的で穏やかなものであり、たとえ、作曲年代相応に控えめな現代和声が自由に使われているにしても、伝統的な和声や声部進行とブレンドされることで、緩和され、いわば「中庸化」されている。ホルストが4度、5度の茫漠とした響きと大胆な不協和音、復調の音響をしばしば裸のまま提示し、非西洋音楽やストラヴィンスキーなどの影響も受けた激しいオスティナート・リズムをしばしば使うのとは対照的である。
ホルストが異質なものの対置から音楽を進めるのとは対照的に、ラッブラの音楽では、同質的なもの、共通性、類似性をもった要素が並行して調和をもちながら成長していく。

ホルストを継承する古楽とポリフォニーへの関心
 ラッブラのポリフォニーへの関心は、ホルストの古楽への関心と研究の成果をひきつぐものと思われる。ホルストは20世紀のはじめ、ヴォーン=ウィリアムスとともに、タリス、バードからパーセルに至るイギリスの古楽の復興に深く関わった。このことはラッブラ、ティペットからP.M.デイヴィスまでのイギリスの20世紀音楽に大きな影響をもたらしている。

「音楽の暖かさ」と「日常的神秘」の共存。ホルスト晩年の緩やかな転回の継承。あるいは新古典主義?
 ホルストは晩年、「抒情的楽章」や未完の「交響曲」などで、シューベルトのような「音楽の暖かさ」の回復へとゆるやかに転回しはじめた所で没した。
 ラッブラはホルストの後継者として、「音楽の暖かさ」を、より伝統的で穏健な音楽性をもって「日常的な神秘」の感覚と共存させようとしたのだろうか。あるいは、1930年台〜1940年頃からのヨーロッパの音楽の全般的な「新古典主義」あるいはより広範な聴衆の受容を意識したかのような様式の保守化の傾向を共有したのだろうか。
ヒンデミット、バルトーク、ミヨー、ストラヴィンスキーなど多くの作曲家が1940年台前後、それまでの先鋭的で刺激的な音楽様式から、より伝統的あるいは擬古典的な様式へと移った。ラッブラの交響曲第5番が1949年初演、6番が1954年、第8番が1968年に完成し1971年初演である。

交響曲第8番の漂う空間とチェレスタ
第8番は、たゆたうようなポリフォニーの「神秘的漂泊(drifting)」をもったLentoの終楽章をもっていて、漂う音楽空間を彩る最後のチェレスタが、ホルストの「drifting is important」という言葉と「海王星」を思い出させ、ホルストの音楽との継続性を垣間見せる。

一貫した精神性への探究
 ラッブラの音楽は、数十年の間、基本的には同じ様式を保っていて、同じ性格の音楽のままである。各声部の旋律・リズム・和声の特徴も常に一貫した同質性を保った、いわば極限された一つ音楽、一つの交響曲の続きを書き続けたかのようである。その面では、Hans-Hubert Schoenzelerがラッブラの音楽の精神性へのアプローチをブルックナーになぞらえていることは、納得できるものである。(Lyrita SRCD.234 Adrian Yardleyの解説参照)

参照「作曲家、ホルストの全体像」

おすすめサイト:British composer links - Classical MusicWeb - Len Mullenger
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2001年3月5日
近藤浩平 記

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