「音楽現代」の1999年1月号に、41人が選んだ「20世紀の音楽家100人」という特集がある。100人とは演奏家も含むもので作曲家についてはそれぞれ約20人をあげているようになっている。
この「音楽現代」1月号の特集は、20世紀の作曲家から20人あげるという企画なので、当然ながら上位集中となる。もし100人をあげるという企画であったら、より多くの作曲家がリストアップされたであろうが、現代日本の各評論家にもっとも高く評価されている音楽が何なのか、20世紀のどの音楽が最も重要な中心とみなされているのか見ていくという点では参考となるだろう。
その後の「音楽現代」3月号には、名前があがった作曲家の一覧と集計結果、得票上位20人の作曲家についての解説があり、集計結果についての石田一志氏の充実した評論もある。
20世紀音楽への影響力、重要度という観点からここにあげられている上位20人の名前は、ほぼ妥当な判断かと思われる。
20世紀のベスト20を選ぶという趣向は、よくある雑誌的企画で目新しいものではないかもしれないが、私としては、
1999年時点で、日本の音楽評論家に、どのような作曲家が重要視され高く評価されているのかを記録する歴史資料として、また、日本の音楽評論家達それぞれの20世紀音楽への価値判断、どのような作曲家を重要視しているのか、どのような視野をもっているのか、どのような音楽趣味をもっているのかをうかがい知る参考資料として面白いものと思われた。今から、何十年たって振りかえったら、このリストはどう見えるだろうか。
さて、私がとくにこの特集のことに触れたのは、上位のよく評価の定まった作曲家についての評論を重ねたり、ベルクとプロコフィエフのどちらが偉大かなどという音楽談義をするためではない。むしろ、ごく一部の評論家だけが名前をあげた作曲家や、どの評論家も名前をあげなかった作曲家を見ていくことで、日本の音楽評論家が、従来あまり目を向けてこなかった音楽、一部の評論家しか関心を払っていない音楽、やっと一部の人達から評価がされはじめた音楽など、「こぼれている部分」がどこにあるのかを再考する材料となりそうだからである。
20世紀音楽の中で、今後、再発見され浮上してくる音楽、あるいは今後、価値観、歴史観の大きな変換を引き起こすものがあるとすれば、この「欠落」の部分に潜んでいるということになるだろう。そのような「視野からこぼれている重要な部分」が残されているのか今一度、見渡してみる意味はないだろうか。
「音楽現代」の41人が挙げた作曲家名リストと集計に、当サイトの「20世紀の100名曲」にはいっている作曲家名を加えて一覧表にしてみた。これが下に掲げた集計表である。個々の評論家がどの作曲家を挙げているのかも、別表1、2、3に掲げてみた。
日本の音楽界はドイツ・オーストリア音楽指向が強く、とくにイギリス音楽や南北アメリカ大陸の音楽への関心が不当に低い傾向があると私は考えているが、この実情については、とくに確かめてみたいところであった。
イギリス音楽に関してはブリテンを選んだ評論家が41人中26人におよんでいるのが際立った。これはプロコフィエフやウェ―ベルン、ライヒとほぼ同等(10位)であり私の予想を越えたものであった。他のイギリスの作曲家はヴォーン=ウィリアムスが3人、エルガーが3人、ディーリアスは2人、ティペットとアンドリュー・ロイド・ウェ―バー、ポール・マッカトニーを選んだ人が各1人づつという結果である。ブリテンの音楽がイギリスの作曲家の中で例外的に日本の音楽評論家から高く評価されていることがわかる。ホルストについては誰一人として選んでいない。
ラテン・アメリカの作曲家については、ヴィラ=ロボスを挙げているのが福本健氏ただ一人というのは、日本の音楽評論家の視野がどのようなものかを反映しているといえよう。私は納得できないな。ピアソラの名を1人の評論家があげているが、ヒナステラや中米の作曲家(チャベス、レブエルタス、ポンセ、レクオーナ、ブローウェルなど)は名前があがらなかった。
アイヴスを挙げた評論家が8人(20%/31位)、ヴァレーズが7人(17%/34位)、バーンスタインが6人(15%/36位)と全般的にアメリカの作曲家への支持が低い中で、ケージが21人(51%/13位)、ガーシュウインが20人(49%/15位)と飛びぬけている。ライヒ9票(29位)がそれにつづく。アイヴスとヴァレーズをあげた評論家が2割ほどしかいないというのはどういうことなのだろう。1983年に音楽芸術1月号付録として発行された諸井誠、上浪渡、武田明倫、船山隆の4氏の選による「20世紀の音楽作品50」ではバルトークやシェーンベルクと同数の3曲も選ばれていた。アイヴス「再発見」のインパクトが薄れたというのだろうか。
ケージ、ライヒ以外のアメリカの今日の音楽を代表する作曲家達はジョージ・クラム0票、ルー・ハリソン0票、ジョン・アダムス0票、フレデリック・ジェフスキ0票、エリオット・カーター0票といった状態で、上の世代のヘンリー・カウエルでさえ1票しか得ていない中、ミルトン・バビットが貴重な1票を得ているのがいかにもゲンダイオンガクの評価か。
最近人気のフィリップ・グラスは1票得たがテリー・ライリーやハリー・パーチなどは登場しない。
所謂、現代音楽の大家の中では、ブーレーズ20票(15位)、シュトックハウゼン17票(19位)、ベリオ11票(24位)、クセナキス10票(26位)、シュニトケ10票(26位)、リゲティ9票(29位)、ペンデレツキ8票(31位)、ルトスワフスキ6票(36位)といった順になり、ノーノは3票(47位)、ヘンツェはわずか2票であった。評価が下がってきたと思っていたシュトックハウゼンとペンデレツキへの根強い支持が残っている。シュトックハウゼンは、クラシック系現代音楽というジャンルを超えて大きなインパクトを残したという点で抜きん出ているのは当然だが、ペンデレツキがルトスワフスキやノーノ、ヘンツェへの支持をを依然として上回っているのは意外であった。ラッヘンマンやリームなどは名前をあげた評論家はなかった。現代音楽において非常に話題になる作曲家だが、上の世代のビッグネームほどのインパクトある存在としては受け取られていないということだろうか。
最高得点はバルトークで、41人全員が名前をあげている。バルトークの八方美人的ともいえる評価の高さは、西洋音楽的完成度と民俗性と前衛性と新古典的保守性を兼備した作曲家ならではのものと言える。100名曲のバルトークへの私のコメントを参照してほしい。ストラヴィンスキーを上回ってバルトークが支持率最高となったのが面白い。次いで、シェーンベルクとメシアンが同点で3位。20世紀の作曲への影響力、とりわけ日本の作曲の傾向への影響力という点でさもありなんという順位。5位はショスタコーヴィチ。同時代性と演奏家と聴衆のからの支持、作品の量、質、演奏頻度からも実際の音楽生活における存在の大きさが反映している。
バルトーク以外のヨーロッパ各国の作曲家では、シベリウスが17票(19位)、ヤナーチェクが12票(23位)とそこそこの支持。コダーイとレスピーギが6票(36位)、ファリャが5票(42位)で続き、ヴォーン=ウィリアムスとエルガーが3票(47位)、ディーリアスは2票。一方、得票0票の作曲家で目立つところはウォルトン、エネスコ、シマノフスキ、ニールセン、ホルスト、マルタン。このあたり日本の音楽趣味の傾向を忠実に反映しているのか。
フランス音楽においてサティ、ドビュッシー、ラヴェル、メシアン、ブーレーズといった流れへの評価が高い。プーランクとオネゲルは演奏頻度が増えたことを反映してかかなり上位に入ってきた。日本でもスタンダードなレパートリーへと定着していくだろうか。一方、ミヨー、ジョリヴェ、ルーセル、フローラン・シュミット、トマジがいわば死角にはいっている。
レーガーやツェムリンスキーは0票で、近年の再評価にもかかわらず名前が挙がっていない。ブゾーニが3票(47位)を辛うじて得ているが、この辺りからシュールホフ、ウルマンなど第2次大戦における「退廃音楽」、アイスラー、デッサウ、ロシア・アヴァンギャルド(ロスラヴェッツやルリエなど)の作曲家達の近年の再評価は、「大作曲家」として名前が再浮上するまでのスケールのものではないのだろう。一方、コルンゴルドへの再評価が目立っているのは、映画音楽という分野の20世紀音楽における評価の高まりと、実際の現代社会に大量に流通しメディアにのっている音楽への影響力という歴史的重要性への認識からだろうか。
アジア、オセアニア、アフリカ、中近東などの作曲家については、武満23票(12位)、ユン・イサン4票(45位)、タン・ドゥン1票といったところは予想どおり。スカルソープなどオセアニアの作曲家、チナリー・ウングなどアジアの他の作曲家、トルコ(サイグン以降多数)やイスラエルの作曲家、アフリカの作曲家は、今世紀20人挙げると限定された場合、まだ話題になるところまで至っていないようだ。
2000年8月1日
近藤浩平
追記
20世紀で20人の重要な作曲家を選ぶとなると、評論家諸氏の選んだ20人の作曲家はだれをとっても選ばれて当然の顔ぶれだと私も考えます。現在までの影響力、知られている作品の質量という点で、このアンケートのトータルの結果は見識あるバランスのとれたものと思います。
20人だけを挙げるという設問にもかかわらず、視野の広がりと価値認識の多様化という方向性がアンケート結果に反映していますしバルトークやストラヴィンスキーがトップにきていること自体、西欧中心の価値観が変化していることのあらわれといえるでしょう。
それを承知であえて・・・レブエルタスやヴィラ=ロボスという方向にあえて触れてみたり、常識的に考えてマイナーな存在、ローカルな存在を強調してみた理由は、1人、2人の評論家の方のみが特別に思い入れをもって強く推した作曲家やだれも20人の中にあげなかった作曲家の中に、もしかしたら21世紀には大きな影響力を持ち始める作曲家、あるいは、今までほとんど紹介される機会がなかったために影響力を持たなかった作曲家の中に、アイヴスやサティが「再発見」されたように後になって意外なほど大きな影響力を持ち始ちはじめたりする作曲家がいないだろうかということを考えてみたかったのです。
「今後、21世紀の音楽に大きな影響をもたらしたり、日常的レパートリーとして広く聴かれていくかもしれない20世紀の作曲家、20人は誰か?」
という問いでアンケートがあったら、浮上してきそうな人物・音楽。
どこかにきっとあるように思えてなりません。
2000年8月4日
集計表 別表1(あ〜い) 別表2(い〜す) 別表3(て〜ゆ)
41人の評論家のあげた20世紀の作曲家20人
参考資料:「音楽現代」1999年1月号 41人が選んだ「20世紀の音楽家100人」および、同誌3月号
| 得票率 | 〜90% | 〜80% | 〜70% | 〜60% | 〜50% | 〜2% | 0% |
| 作曲家名 | 得票数(41点満点) | % | 順位 |
| アイヴス | 8 | 20% | 31 |
| アイメルト | 1 | 2% | 59 |
| アダムス | - | - | − |
| アルベニス | - | - | − |
| イベール | 1 | 2% | 59 |
| ヴァレーズ | 7 | 17% | 34 |
| ヴィラ=ロボス | 1 | 2% | 59 |
| ウェ―ベルン | 25 | 61% | 11 |
| ウォルトン | - | - | − |
| ヴォルフ | 1 | 2% | 59 |
| ヴォーン=ウィリアムス | 3 | 7% | 47 |
| デューク・エリントン | 1 | 2% | 59 |
| エネスコ | - | - | - |
| エルガー | 3 | 7% | 47 |
| オアナ | - | - | - |
| オネゲル | 8 | 20% | 31 |
| オルフ | 6 | 15% | 36 |
| カウエル | 1 | 2% | 59 |
| カーゲル | 1 | 2% | 59 |
| ガーシュウイン | 20 | 49% | 15 |
| カールマン | 1 | 2% | 59 |
| クセナキス | 10 | 24% | 26 |
| グバイドゥーリナ | 5 | 12% | 42 |
| グラス | 1 | 2% | 59 |
| グラナドス | - | - | - |
| クラム | - | - | - |
| ケージ | 21 | 51% | 13 |
| コダーイ | 6 | 15% | 36 |
| コープランド | 2 | 5% | 51 |
| コリリアーノ | - | - | - |
| コルンゴルト | 2 | 5% | 51 |
| サティ | 10 | 24% | 26 |
| サン=サーンス | 2 | 5% | 51 |
| シェーファー | 2 | 5% | 51 |
| ジェフスキ | - | - | - |
| シェフール | 2 | 5% | 51 |
| シェーンベルク | 37 | 90% | 3 |
| シーガー | - | - | - |
| 柴田南雄 | 1 | 2% | 59 |
| シベリウス | 17 | 41% | 19 |
| シマノフスキ | - | - | - |
| シュトックハウゼン | 17 | 41% | 19 |
| R.シュトラウス | 21 | 51% | 13 |
| シュニトケ | 10 | 24% | 26 |
| フランツ・シュミット | 1 | 2% | 59 |
| フローラン・シュミット | - | - | - |
| ショスタコーヴィチ | 35 | 85% | 5 |
| ジョビン | 1 | 2% | 59 |
| ジョリヴェ | 1 | 2% | 59 |
| スクリャービン | 6 | 15% | 36 |
| スティル | - | - | - |
| ストラヴィンスキー | 40 | 98% | 2 |
| 高橋悠治 | 1 | 2% | 59 |
| 滝廉太郎 | 1 | 2% | 59 |
| 武満徹 | 23 | 56% | 12 |
| ダルラピッコラ | 1 | 2% | 59 |
| タン・ドゥン | 1 | 2% | 59 |
| フランク・チャーチル | 1 | 2% | 59 |
| ティペット | 1 | 2% | 59 |
| ディーリアス | 2 | 5% | 51 |
| テオドラキス | - | - | - |
| デュカス | - | - | - |
| デュティユ | 2 | 5% | 51 |
| ドビュッシー | 33 | 80% | 6 |
| 中山晋平 | 1 | 2% | 59 |
| 西村朗 | 1 | 2% | 59 |
| ニールセン | - | - | - |
| ノーノ | 3 | 7% | 47 |
| 信時潔 | 1 | 2% | 59 |
| ハチャトリアン | 2 | 5% | 51 |
| バーバー | 1 | 2% | 59 |
| バビット | 1 | 2% | 59 |
| ルー・ハリソン | - | - | - |
| バルトーク | 41 | 100% | 1 |
| ハルトマン | - | - | - |
| バーンスタイン | 6 | 15% | 36 |
| ピアソラ | 1 | 2% | 59 |
| ヒナステラ | - | - | - |
| ヒンデミット | 20 | 49% | 15 |
| ファリャ | 5 | 12% | 42 |
| フィンジ | - | - | - |
| フェルドマン | 1 | 2% | 59 |
| フォーレ | 7 | 17% | 34 |
| ブゾーニ | 3 | 7% | 47 |
| プッチーニ | 13 | 32% | 22 |
| プフィッツナー | - | - | - |
| プーランク | 14 | 34% | 21 |
| ブリテン | 26 | 63% | 10 |
| ブーレーズ | 20 | 49% | 15 |
| プロコフィエフ | 30 | 73% | 9 |
| ブロッホ | - | - | - |
| ベリオ | 11 | 27% | 24 |
| ベルク | 32 | 78% | 7 |
| ペルト | 4 | 10% | 45 |
| ヘンツェ | 2 | 5% | 59 |
| ペンデレツキ | 8 | 20% | 31 |
| ホルスト | - | - | - |
| P.M.デイヴィス | - | - | - |
| マスカーニ | 1 | 2% | 59 |
| マーラー | 19 | 46% | 18 |
| マデルナ | 1 | 2% | 59 |
| ポール・マッカートニー | 1 | 2% | 59 |
| 黛敏郎 | 1 | 2% | 59 |
| マルタン | - | - | - |
| マルチヌー | 1 | 2% | 59 |
| マンシーニ | 1 | 2% | 59 |
| ミヨー | 1 | 2% | 59 |
| メシアン | 37 | 90% | 3 |
| モンポウ | 1 | 2% | 59 |
| ヤナーチェク | 12 | 29% | 23 |
| 山田耕筰 | 1 | 2% | 59 |
| 吉松隆 | 1 | 2% | 59 |
| ユン・イサン | 4 | 10% | 45 |
| ライヒ | 9 | 22% | 29 |
| ラヴェル | 31 | 76% | 8 |
| ラッグルス | - | - | - |
| ラフマニノフ | 11 | 27% | 24 |
| リゲティ | 9 | 22% | 29 |
| ルーセル | - | - | - |
| ルトスワフスキ | 6 | 15% | 36 |
| レーガー | - | - | - |
| レスピーギ | 6 | 15% | 36 |
| レハール | 2 | 5% | 51 |
| ロイド=ウェッバー | 1 | 2% | 59 |
| レブエルタス | - | - | - |
| ワイル | 5 | 12% | 42 |
参照してほしい項目:
日本における20世紀音楽評価の視野/近現代イギリス音楽への評価を中心に