『イエス賛歌』は、グノーシス主義の影響があるとされる《ヨハネ行伝》をテクストとし、ホルストがコンスタンティノープルで接したビザンチンのモザイク(注102)から着想を得て作曲された。
ホルストの思想を形成し、テクストとして選ばれているものは、《リッグ・ヴェーダ》《マハーバーラタ》《ラーマーヤナ》(注103)といったインド・ヒンズー教関係から、聖書外典やビザンチンまでを含めたキリスト教、ハーディー、ブリッジ、キーツ、ホイットマンといった英米文学、ヴォーン=ウィリアムス、セシル・シャープ等の20世紀的民族主義から、ウィリアム・モリス、社会主義、占星学、VenusやMarsといったギリシャ神話の神々まで及び、あまりにも広く、複数の宗教、神、哲学が混在している。
しかし、ホルストが選び、抜粋したテクストの箇所は、その出典の多様さにもかかわらず、(それぞれの宗教・哲学・文学における絶対者に対する呼称を無視すれば)あたかも彼があらゆる所から、自身の世界観・思想に一致するものを選び集めたかのように、常に驚くほど同じ外観を呈している。ホルストの音楽において、絶対的存在・絶対者は、「宇宙」「自然」「土地」「神」「死」というように様々な呼び方をされるが、そういったものとの合一、交わりという点においてホルストの音楽は常に同じ一貫した内容を示し、その合一と交わりをもたらすものとして、「呪文」によって喚起される「ダンス」が位置づけられている。ホルスト自身の考え方がどのようなものであったかについては、『イエス賛歌』についてチャールズ・リードが、作曲家自身の文章を引用して解説を加えている以下の一文が参考になる。
「この外典テクストが彼にとってどんな意味を持っていたかを言うことは難しいが、彼の形而上学的信念について彼自身が述べている次の文章は、この問題に関してわれわれが得られる最大の手掛かりになるであろう。
《私はこの世の中で理想的であるとされているすべてのものとの、同士としての深い交わりを完全に信じるものである。そして未来については、私はヒンズー教徒であるから、この交わりが最後には大きな調和した統一体にと変わっていくことを信じている。ただこれは、すべてのことばを超えたところに存在する問題なのである。》
この文章は、あいまいさという点では、『レクイエム』の内的意味についてのディーリアスの説明に劣るものではない。しかしこのあいまいさは、ホルストの芸術とはまったく無関係であることは強調されなければならない。『イエス賛歌』は他の作品と同様に、よしかれあしかれその音楽的目的において頑固なほど具体的ではっきりしている。(注104)。」
一方、「ダンス」と神秘的な交わりの結びつきについては、サンスクリット、アルジェリアの音楽、聖書外典といったものに加え、モリス・ダンス等、イギリス民族音楽の中にある非西欧近代的なものが関わっていると考えられる。